パルス照射装置について

パルス照射装置について

植物工場の維持費の中で、電気代金の占める割合は大きい。この電気代金を節約する有力で確実な方法がある。LED の照明を連続して照射するのではなく、明、暗のサイクルで光をパルス状に照射するのである。例えば、LED を1秒間照射した後、電源を切り1秒間暗くするのである。これをパルス照明と呼ぶことにする。そうすと、パルス照明を同じ間隔にすれば、電気代金は半分になる。問題はパルス照明をしたときの植物の成長である。驚くことに、1秒間隔でパルス照明をしても、植物の成長は半分にはならない。通常のLEDを用いて1秒間隔でパルス照明を行って見ると、植物の成長は連続光の場合に比べて約2割ほど遅れたが、光の照明時間では半分しか照明していないのに、成長は約8割にしか落ちないことが分かる。そこで、パルス照明の時間を短縮して、 0.1 秒にすると、植物の成長は約9割になることが分かった。電気代金は連続照射の場合と比べて半分のままである。このようなパルス照明はLED でしか実現しない。蛍光灯では不可能である。

 この原理を上の図を用いて説明しよう。光合成は、光化学系と炭素(C), 窒素(N), イオウ(S) の還元系とから構成されている。光化学系は、光の関与する反応系であり、植物に光が当たると、最初に水が分解され電子が抜き取られて、その電子は光化学系の産物である還元物質(NADPH)に渡され、同時に化学エネルギーのATPが生成する。このNADPH と ATP とが光化学系の産物である。一方で、C, N, S の 還元系では、光化学系の産物である NADPH, ATP が使われて、それぞれ、NADP+, ADP になる。

 植物に光が当たり、その光が有効に使われるためには、NADP+, ADP が存在しなければならない。もし、強い光が連続的に照射され、NADP+, ADP がすべてNADPH, ATP になっておれば、それ以上の光はNADP+ の還元やATPの生成には使えず、その余分な光は熱として発散される。すなわち、NADP+, ADP がすべて使われて、ゼロになっている状況下では、光を消しても光合成全体の速度には影響がない訳である。

 NADPH, ATP は、C, N, S の還元系で使用され、NADP+, ADP が再生される。この反応系は酵素反応であるから、温度の影響を受ける。一方で、光化学系の速度は温度の影響を受けない。そのため、温度が高い場合には NADPH, ATP の消費とNADP+, ADP の再生も速くなる。この関係は、上図のグラフで、縦軸で表した、NADPH/(NADPH + NADP+), ATP/(ATP+ADP) として、表示される。このグラフが 100% 近くになれば、それ以上の光は無駄になっており、 100% を下回っておれば、光は有効に使用されていることになる。

 パルス照明を行っても、光合成速度が落ちない場合は、上図のグラフが 100% 近くになっている場合であり、パルス照明を行うと光合成速度(成長速度)が落ちる場合は、上図のグラフが 100% を下回って入る場合である。

 パルス照明を行う場合、パルスの間隔が短いほど、連続光との差が小さくなることが分かっている。それでは、どこまで短くすれば、連続光との差が極小となるのか。実験によると、 0.01秒までは光合成速度(成長速度)が上昇し、連続光との差が小さくなることが分かっている。理論的にはパルスの間隔はさらに短縮できる可能性があるが、それは光強度による。しかし、例えば 0.01秒でも、電気代金は半分になるのである。電気代金が半分になるのであれば、野菜の成長が 95% になっても、植物工場の運営面からみれば OK という選択肢も考えられる。上記の話は、明:暗の比率が 1:1 の場合である。明:暗が 1:2 になれば、電気代金は1/3 になる。電気代金が 1/3 になれば、ランニングコストの大きな節約になる。もちろん、その場合一定の成長量が確保されることが前提であるが。

 ただし、LED の光が弱い場合には、パルス照明をしても、成長(光合成)は低下する。その場合、光化学系の速度が小さいので、常にNADP+, ADP が存在し、パルス照明で光を消すと、その分、光合成の低下となり、成長も少なくなる。パルス照明が有効であるのはLED の光強度が強い場合である。

 光強度と光合成速度との関係は、光飽和曲線として古くから知られている。横軸に光強度をとり、縦軸に光合成速度をとると、一般的には、光の弱いときは光合成速度は光強度とともに直線的に増加し、光強度が高くなると、ある光強度で光合成曲線は一定となり、それ以上増加しない。この光強度を光飽和点と呼ぶ。多くの場合に、光飽和点の幅は広い。徐々に光飽和になるためである。上述のパルス照明でいえば、光飽和点を過ぎれば、パルス照明を行っても光合成速度は低下しない。しかし、光飽和点に達しなくても、パルス照明と連続光照射とを比較すると、光強度が強いときには、両者の光合成速度は近接してくる。したがって、通常の植物工場でも、比較的光強度の強いLED を使用していれば、パルス照明を使用して、電気代金を節約できる。

 光飽和点が何によって規定されているかといえば、自然界では、多くの場合、CO2 の供給速度である。CO2 は葉の外部から拡散によって供給されるので、この拡散速度は一定以上には増大しない。CO2 拡散速度は、主に葉の構造によって規定される。イネなどの薄い葉では外部からのCO2 が入りやすい。そのため、イネの光飽和点は高い。一方で、葉の厚い植物では、外部からのCO2 拡散速度が制限されるので、光飽和点は低くなる。レタスなどは、光飽和点が低い。

 いろいろな野菜の光合成曲線で光飽和点を求める際に、CO2 などのガス量の変化を測定して、光合成速度を計測するのは、簡単ではない。最も簡単に光合成曲線および光飽和点を求めることができるのは、PAM(クロロフィル蛍光分析装置)である。PAMの測定装置に葉を挟んで、光強度を増していくと、光合成速度に対応する電子伝達速度(ETR)が測定でき、光合成曲線を約10分程度で作成することができる。この装置を活用すべきである。

 植物工場で実施可能なパルス照明装置が開発されている。松栄電子工業株式会社(岐阜県、TEL 058-214-3111、e-mail: shoei@coda.ocn.ne.jp, 代表取締役 上松広之)が、植物工場用に開発した装置で、従来の製品よりも格段に低価格(約¥15,000)で、しかも安定した性能である。関心のある方は問い合わせて欲しい。