2021/03/12
私が10年前にエコタイプ次世代植物工場を始めた頃、植物工場関係者の多くが、植物工場内の湿度は高い方がよい、と信じて、中にはわざわざ加湿器まで準備して、湿度を80%近くに上げているケースもあった。湿度が高い方が野菜の気孔が開いて光合成が盛んになる、という。これは全くの間違いである。植物の気孔が湿度が高くなると開くという仕組みは存在しない。むしろ、湿度が高くなると光合成の速度が遅くなり、成長は遅れる。それだけでなく、植物工場内の湿度が高くなると、壁や床などが湿気を帯びてカビが繁殖し、やがては小さな虫、大きな虫が繁殖する結果となり、衛生的な環境を保持することが困難になる。
なぜこのような間違いが業界内に拡がったのか。多くの業者が「偉い先生」が植物工場に関する教科書にそのように書いている、という。私はその教科書を見ていないが、おそらく、このように考えたのではないか。露地栽培で乾燥が進むと土壌も乾燥し、やがては葉がしおれる状態になる。葉がしおれるとアブシジン酸というホルモンが作られて、それが気孔を硬く閉じさせることになる。すなわち、露地栽培では乾燥が進めば気孔が閉じることは常識となっているので、逆に湿度が高くなれば気孔が開く、と考えたのではないか。しかし、先に述べたようにそのような仕組みは存在しない。露地栽培と植物工場の条件に大きな違いは、露地栽培では乾燥が進めば土壌も乾燥するのに対して、植物工場では空気層の乾燥が進んでも、根は常に養液に浸かっているので、葉のしおれは起きないことである。「偉い先生」はその点に気づかず、露地栽培の常識から間違った結論を類推し、それを教科書に書いたのではないか。
気孔の開閉は、現在では分子のレベルで環境要因のシグナルがどのように気孔の開閉に至るかが研究されている。分子レベルの用語が農学の実務になじまないために、研究レベルの内容が実務者には伝わっていないことも問題である。気孔の開閉に最も敏感に反応するのは、葉組織内のCO2濃度である。朝光が当たると、光合成が始まるので、葉組織内のCO2濃度は急速に低下する、これが引き金となって一斉に気孔が開くのである。一方で、夕方に光が消えると、葉組織内のCO2濃度は急速に高くなり、これが気孔を徐々に閉じさせるのである。気孔の開閉は、基本的にはCO2濃度が日収変化を司り、水ストレスが起これば、別の仕組みで強固に体内からの水分の流出を防いでいるのである。
ところで、光合成が盛んに行われているときは、蒸散量と成長量とは比例関係にあることが分かっている。すなわち、蒸散が盛んに行われていれば、根から吸収したミネラル等の養分も葉に運ばれ、蒸散流、同化流も活発になり、光合成も盛んになるのである。蒸散流を引き起こす原動力は、葉から水蒸気の蒸発であるので、葉の周りの湿度が低いほど蒸散流が盛んになることになる。もし、湿度が高ければ、葉の表面の湿度100%と空気中の湿度との落差が縮まり、蒸散が起きにくいことになる。すなわち、植物工場内の湿度が高ければ、光合成も抑えられる結果になる。「偉い先生」は全くの逆のことを書いた訳である。最近中国の植物工場を見てきた人の話によると、中国でもその教科書が出回っているとみえて、どの植物工場も湿度を高くしている、とのことであった。下図は、蒸散流と成長とが比例関係にあることを示すデータである。
蒸散量と植物の成長(収穫量)とが比例する例(http://biopublisher.ca/index.php/ pgt/article/html/762/)