2020/10/26
京都府立大学名誉教授 竹葉 剛
葉酸とは
生体内での生合成系において、炭素1個(メチル基、メチレン基などのC1ユニット)を付加する際に働く補酵素で、水溶性ビタミンB群(B9)に属する。グルタミン酸、パラアミノ安息香酸、プテリジンが結合した構造をもつ。葉酸は1941年乳酸菌の増殖因子としてホウレンソウから単離された。ただし、葉酸という名称は合成品であり、体内で2段階の還元を受けて活性型のテトラヒドロ葉酸となる。植物に含まれる葉酸は、すべて活性型のテトラヒドロ葉酸である。テトラヒドロ葉酸はDNAの塩基の生合成に必須であり、すべての生物の生存に必須である。
血管の炎症を誘引するホモシステイン
肉などのタンパク質を食べるとアミノ酸に分解されて吸収されるが、そのうちメチオニンは肝臓で別のアミノ酸であるシステインの合成に利用される。その際にまずメチオニンのイオウ分子に結合しているメチル基が切断され、ホモシステインが生成する。ホモシステインは、末端にSH基をもつアミノ酸の構造をしているが、生体内のタンパク質合成には利用されない。ホモシステインが肝臓内で蓄積すると、テトラヒドロ葉酸の働きでメチオニンに戻されるので、問題は起きないが、テトラヒドロ葉酸が少ないと、血中にホモシステインが流出し血中濃度が高くなる。ホモシステインはSH基をもつので、血管内壁のタンパク質のシステイン残基(SH基)と容易に結合してS-S結合の状態でタンパク質にぶら下がる。そうすると、タンパク質の構造が変わるので、免疫系がそのタンパク質を異物と見なして攻撃し、そこに炎症が起こる。この炎症をめがけて多くの免疫細胞が集まり、マクロファージが内壁内に侵入し、炎症が拡大する。その炎症部位に血液中のコレステロールや脂肪を含むタンパク質などが取り込まれると、血管内壁が盛り上がりプラークが形成される。血流がこのプラークに当たると反対側に血栓ができる。この血栓が血流に乗って、心臓や脳に流れ込んで血管を塞ぐと、心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすことになる。すなわち、葉酸欠乏は血中ホモシステイン濃度を高めて血管内壁の炎症を引き起こし、その結果心筋梗塞や脳梗塞を引き起こすのである。自覚症状はなく、健診や他の目的で頭部MRI検査を行った際に直径2~3mm大の脳梗塞が偶然に見つかった場合に“隠れ脳梗塞”という。この隠れ脳梗塞の頻度と血中ホモシステイン量との間には比例関係があるという報告がある。(1)
ホモシステインの血中濃度を下げる葉酸
日本では葉酸の必要摂取量は成人で240μg/日、妊婦480μg/日と定められている。FAO、WHOでは成人 400μg/日を推奨している。実際の摂取量を調査した結果によると、229μg/日(2010、国民栄養調査)となっており、日本人の葉酸摂取量は不足している。
大阪大学が全国6万人を対象に14年間調査した結果によると、葉酸摂取量が1日270μg未満の人が虚血性心疾患(=狭心症+心筋梗塞)で死亡する率を1とした場合に352μg以上摂取する人は、男性で0.69、女性で0.43になると報告している。葉酸の摂取量が増せば、狭心症や心筋梗塞で死ぬ率は大きく低下することが分かる。
アメリカ・カナダの大規模実験
血中ホモシステイン量を下げる葉酸の役割が明らかになった1998年、アメリカとカナダは、国内で販売する穀類に、100gあたり葉酸140μgを添加することを義務づけた法律を制定した。その4年後に報告された論文によると、その法律制定後、両国における脳卒中の死亡率が劇的に低下したことが判明した(2)。その後、世界の各国でも同様の法律が制定され、そのような法律が制定されていないのは、現在では日本と中国のみになっている。
アルツハイマー病も葉酸欠乏が原因
アルツハイマー病は、認知症の6〜7割を占める、脳が萎縮して機能が低下する病気である。これまで、アルツハイマー病は、脳にアミロイドβなどのタンパク質が蓄積することが原因だと考えられてきたが、最近の研究によると、栄養不足、特に葉酸不足が真の原因であり、アミロイドβなどは脳細胞の応答反応で生じた結果である、という説が新たに提唱されている。アメリカで2007年に発表された論文によると、1日に292.9μgの葉酸を摂取している人のアルツハイマー発症率を1とすると、葉酸摂取量が増加するにつれて発症率は低下し、478μg以上葉酸を摂取すれば、発症率は0.5に低下することが明らかになっている。
Dale E. Bredesen : The End of Alzheimer’s(2017)で紹介されている事例によると、あるアルツハイマー病の家系因子をもつ65歳の女性は、アルツハイマーの症状が出始めた時点で、血中のホモシステイン値は16μmol/Lであったので、合成葉酸を服用したところ、11μmol/Lにまでしか下がらなかった。そこで、活性型のテトラヒドロ葉酸に切り換えたところ、ホモシステイン値は7μmol/Lまで低下し、その後4年が経過しても、アルツハイマーの症状は進行せず、通常の生活が維持できている、という。血中のホモシステイン値が6μmol/Lを超えると、血管や脳にダメージを与えることが分かっている。
葉酸は野菜の葉に多く含まれる
葉酸は生物が生きていくために必須の成分であり、微生物や植物は生合成できるが、動物は生合成できないのでビタミンとして食事から摂取する必要がある。光合成を行う植物では、光呼吸経路という代謝系があり、そこで葉酸を必要とするので、光合成器官である葉には葉酸含量が高い。そのため、野菜の中でも葉菜は葉酸含量が高いのである。食品の中で葉菜と同レベルの葉酸含量があるのは動物の肝臓(レバー)である。肝臓はアミノ酸代謝に葉酸を必要とするので、食餌の中から肝臓に葉酸を蓄積する仕組みがあるためである。
葉酸を増強できる栽培法がある
葉酸は、グルタミン酸、パラアミノ安息香胃酸、プテリジンから構成されているが、このうち、プテリジンの生合成が葉酸生成の律速を担っている。プテリジンは、GTPを基質として環状化して作られるが、その反応を触媒する酵素は亜鉛酵素である。そこで、野菜を養液栽培する際に養液中の亜鉛濃度を上げると葉酸含量が高まることが分かった、亜鉛以外には、マグネシウム濃度、光強度が関係しており、亜鉛濃度、マグネシウム濃度、光強度を最適化すると、コマツナでは10数倍に葉酸含量が高まることが判明している。このように葉酸含量の高い葉菜類を食べておれば、血管系の疾病である、心臓病、脳卒中、アルツハイマーには罹らない、と期待される。もちろん、これらの野菜に含まれる葉酸は、活性型のテトラヒドロ葉酸である。
サプリメントの葉酸
初めにも述べたように、葉酸という物質名は合成品であり、サプリメントの葉酸は合成品である。葉酸は体内で2段階の還元作用を受けて、活性型のテトラヒドロ葉酸になる。それでは、合成品であるサプリメントの葉酸と野菜に含まれる活性型のテトラヒドロ葉酸とは同じ効能があるか、という点で言えば、先に述べたアルツハイマーの患者の場合のように、野菜に含まれる活性型のテトラヒドロ葉酸の方がサプリメント葉酸より効果が高い、といえる。
注意しなければならないことは、サプリメントの葉酸は熱に耐性であり、一方野菜に含まれる活性型葉酸は、高温下では酸化されて失活することである。そのため、サプリメントから葉酸を抽出するために開発された高温抽出(オートクレーブ処理により、120℃、15分)法を、野菜に適用すると6〜7割は分解されることである。日本食品分析センターや政府が刊行している日本食品標準成分表では、この高温抽出方法が現在でも採用されている。国際的には、野菜から活性型葉酸を抽出する際には、酸化防止のためにアスコルビン酸などの抗酸化剤を加えることが標準法になっている中で、日本のみが野菜の葉酸含量測定に高温抽出法を採用していることになる。これは、分析センター関係者や政府関係者が、野菜に含まれる活性型葉酸が熱に弱いことに配慮していないためである。この影響で、野菜ジュースや青汁などの製造に高温処理を入れると、活性型葉酸の多くは酸化分解されているのにその事実が放置され、消費者が野菜ジュースや青汁には野菜に含まれる成分がそのまま含まれると勘違いする背景になっている。
家庭で野菜を調理する際には、野菜に含まれる活性型葉酸は熱に弱いことを念頭におくことが重要である。
高血圧は原因か結果か
日本の医療では高血圧があらゆる血管系の疾病の原因であり、高血圧を降圧剤で下げれば、その原因が取り除かれるので、血管系の疾病には罹らない、という診断方針が徹底している。そのため、少しでも血圧が高いと、なぜ血圧が高くなっているのかの診断はせずに、いきなり降圧剤の処方へと向かう。このような診療方針の背景には、降圧剤の使用が病院経営を支えているという背景がある。事実、日本で最も多く販売され、売上金額が最大であるのは降圧剤である。ところが、降圧剤の服用により寿命が延びるという調査結果はなく、逆に様々な副作用で寿命が縮まるという調査結果は多くある。(3)
血中ホモシステイン濃度が上昇することにより血管内壁に炎症が起こり、その結果血管内部にできるプラークが心筋梗塞や脳梗塞を起こすことをみると、血圧上昇の前に血中ホモシステインの濃度上昇という原因があり、その原因を取り除かなければ、血管系の疾病を予防できないことを示している。血管内部にプラークが形成されると、その中にコレステロールや脂質が取り込まれて、プラークが大きくなるが、だからといって、コレステロールや脂質が高血圧の原因だとして、その食事制限を行っても、炎症が起きているプラークそのものを取り除くとこはできない。高血圧があらゆる血管系疾病の原因であり、高血圧さえ下げれば血管系疾病の予防ができるという、日本の診療方針は間違っており、むしろなぜ高血圧になるのかに目を向けるべきなのである。すなわち、高血圧を原因ではなく結果と捉えることが必要である。医者のいうことは参考程度にとどめて、必要な情報を集めて自分で我が身を守ることが必要である。
(1)Perry IJ, Refsum H, Morris RW, Ebrahim SB, Ueland PM, Shaper AG. Prospective study of serum total homocysteine concentration and risk of stroke in middle-aged British men. Lancet 1995;346:1395-1398
(2)Young Q et al. Circulation 113:1335-1343 2006
(3)近藤 誠「医者の大罪」SB新書(2019)