大部分のがんは活性酸素種による遺伝子の変異が原因である

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大部分のがんは活性酸素種による遺伝子の変異が原因である

 がんの原因が生後のDNA変異によることは、確立された科学的知見である。がんが遺伝しているように見える場合でも、変異してがんを引き起こす発ガン遺伝子が、通常であれば2セットある中で、どちらか一つがすでに変異しており、片方が変異すればがんになりやすいケースと考えられる。また、家族内で同じがんにかかる場合も、その理由として、食生活や喫煙・飲酒などの生活習慣が同一家族内で似通っていることが考えられる。発がん遺伝子の大部分は、本来の機能が細胞の分裂制御に関わる機能を持っており、それらの機能はヒトの発生過程でなくてはならない役目を持っているので、生まれつき変異しておれば、正常な人体ができなくなる遺伝子であり、正常に生まれておれば、誕生時にはそれらの制御遺伝子は正常であると考えられることも、がんは遺伝しない理由に挙げられる。

 DNAを変異させる変異原には、大きく分けて、物理的変異原、化学的変異原、生物学的変異原がある。物理的変異原には、紫外線、放射線が含まれる。化学的変異源としては、主に環境化学物質が含まれ、多環芳香族炭化水素(石炭タール、大気汚染物質など)、アフラトキシン(カビ毒)、ニトロソアミン類、アルキル化剤、アスベスト、ベンゼン、ホルムアルデヒドなどである。生物学的変異源には、ウィルス、細菌類があり、ヒトパピローマウィルス(子宮頚がんの原因ウィルス)、肝炎ウィルス、エプスタイン・バール・ウィルス(Bリンパ球をがん化させる)、ピロリ菌(胃がんの原因菌)などが含まれる。
 物理的変異源である紫外線、放射線は、人体外から直接細胞に作用し、DNAを変異させる。日本における皮膚がんの発生件数は、人口10万人あたりの罹患率は18.9例であり(2020年、男性:20.2例、女性:17.6例)、比較的少ない。日本全体では、九州や沖縄に多く、東北や北海道では少ない。これは太陽光に含まれる紫外線の量が関係していると考えられる。放射線による被曝でがんが発生するのは、今日では原発の事故によるなど、事例が限られる。
 化学的変異原による発がんは、変異原のある環境にさらされるなど、特殊なケースとなるが、日常的に変異原物質にさらされるのは喫煙習慣である。タバコの煙には200種以上の発がん性成分が含まれており、ヘビースモーカーではそれらによるDNA変異と発がんが当然考えられる。ところが、近年の研究で、タバコの煙に含まれる化学物質によって直接DNAが変異を受けるよりも、タバコの煙に含まれる様々な物質によって、炎症が誘発され、その炎症で発生する活性酸素種がDNAを変異させるケースがはるかに多いことが判明した。タバコの煙に含まれる活性酸素種(ROS, Reactive Oxygen Species)は、上皮細胞に損傷(脂質過酸化、DNA損傷など)を与え、酸化ストレス感受性の細胞内シグナル伝達経路を活性化し、炎症性メディエーターの放出を引き起こす。タバコ煙の成分は、気道やその他の曝露された組織を覆う上皮細胞や常在免疫細胞(例:マクロファージ)を直接活性化する。喫煙は、上皮細胞や免疫細胞からの様々な炎症促進性サイトカイン(例:TNF-α、IL-1β、IL-6、IL-8、GM-CSF)およびケモカイン(例:MCP-1)の産生・放出を刺激する。これらのメディエーターは炎症反応を増幅し、さらなる免疫細胞を動員し、組織損傷やリモデリングに寄与する。喫煙による炎症は、曝露部位に限定されない。喫煙者においてC反応性タンパク(CRP)や白血球(WBC)数といったマーカーが上昇することからも明らかなように、全身性の炎症を引き起こす。このように、喫煙は人体内の多くの組織に対して炎症を引き起こし、慢性炎症を誘発している。慢性炎症では、免疫細胞が出す活性酸素種(ROS)がDNAを変異させるのである。
 アスベスト(石綿)は、天然に産出される繊維状ケイ酸塩鉱物で、耐熱性、耐久性に優れるため、過去に建材、断熱材などに広く使用された。吸入されたアスベスト繊維は肺深部に到達し、長期にわたって残留する。その物理的刺激と化学的性質により、肺や胸膜に慢性的な炎症反応を引き起こす。この持続的な炎症と、それに伴う細胞傷害、修復、増殖の繰り返し過程で、DNA損傷や突然変異が蓄積し、がん化につながると考えられている。アスベストによる発がんでは、繊維状のアスベストが赤血球を破壊して、その結果多量に流出する鉄イオンがヒドロキシラジカルの発生を促し、そのヒドロキシラジカルがDNAの変異を誘発することが中皮腫がんの原因であると、名古屋大学のグループが明らかにしている。
 生物学的変異原であるウィルス・細菌によるDNAの変異にも、炎症が深く関係している。ヒトパピローマウィルスが子宮頸部に感染すると、炎症を誘発し、その炎症により発生する活性酸素種(ROS)がDNAを変異させる。また、ヒトパピローマウィルスが産生するE6タンパク質はがん抑制タンパク質p53と結合し、その分解を促進する。E7タンパク質はがん抑制タンパク質pRbと結合し、その機能を阻害する。これにより、細胞周期の制御が失われ、アポトーシスが抑制され、細胞が不死化・がん化へと向かう。発がんには、一過性の感染ではなく、ウイルスの持続感染が必要である。感染後、数年から数十年かけて前がん病変(子宮頸部上皮内腫瘍(CIN)など)を経て浸潤がんに進行する。
 B型肝炎ウイルスの持続感染による慢性肝炎は、長期にわたる肝細胞の破壊と再生を引き起こし、肝硬変を経て肝がんへと進展させる主要な経路である。B型肝炎ウイルスのDNAは宿主肝細胞のゲノムに組み込まれることがあり、これががん抑制遺伝子の破壊やがん遺伝子の活性化を引き起こす「挿入変異誘発」によって直接的に発がんに関与する可能性も指摘されたが、2016年国立がん研究センターと理研との共同研究で、肝がんの全塩基配列が300例について決定された結果、挿入変異誘発の可能性は非常に小さく、点突然変異が1万箇所もあることが明らかとなっており、この点突然変異は炎症時に発生する活性酸素種(ROS)のヒドロキシラジカルが原因であると考えられる。
 ヘリコバクター・ピロリ(ピロリ菌)(細菌)は、胃粘膜に定着し、慢性的な胃炎を引き起こす。この慢性炎症が長期間続くと、胃粘膜の萎縮(萎縮性胃炎)や腸上皮化生(胃粘膜が腸の粘膜様になる変化)が進行し、胃がんとなる。

 このように、がん化の原因であるDNAの変異原を調べてみると、紫外線による皮膚がんを除いて、大部分のがんは、まず慢性炎症が起き、その慢性炎症の過程で発生する活性酸素種が変異原となり、その結果がんが発生することが分かる。その慢性炎症の原因が明確でない場合もある。慢性炎症では、免疫細胞が異物を破壊するために放出する活性酸素種(ROS)が多く放出されるが、中でも過酸化水素と鉄イオンとが反応(フェントン反応)して生成するヒドロキシラジカル(•OH)は、非常に強力な変異源であり、生体内で生成される最も強力なROS酸化剤の一つである。その極めて高い反応性(拡散律速に近い速度定数 >10⁹ M⁻¹s⁻¹)と非常に短い半減期(約10⁻⁹秒)が特徴である。これは、•OHが生成された場所のごく近傍にある分子と直ちに反応することを意味する。また、高い求電子性を持つ。
 フェントン反応では、最初に生成する活性酸素であるスーパーオキサイド(O2-)がSODの作用で生成する過酸化水素と鉄イオンとが反応する。過酸化水素は生体膜を容易に通過して周りの細胞に浸潤する性質がある。また、細胞核内にも容易に拡散する。
 近年、細胞核内に高濃度の鉄イオンが局在することが明らかとなっている。フェリチンは伝統的に細胞質における鉄貯蔵タンパク質とされてきたが、特にHサブユニット(H-フェリチン)が主要な形態として細胞核内にも存在することが確認されている。また、Fe-Sクラスターは、核内で機能する多数のタンパク質にとって不可欠な補因子である。これらのタンパク質は、DNA複製(DNAポリメラーゼ、プライマーゼ、ヘリカーゼ)、DNA修復(ヘリカーゼ、グリコシラーゼ、ヌクレアーゼ)、テロメア維持(ヘリカーゼ)、転写など、ゲノムの維持管理に中心的な役割を果たしている。哺乳類細胞に存在するFe-Sタンパク質の約半数が、部分的または完全に核内に局在すると推定されており、核がFe-Sタンパク質の主要な活動場所であることが示されている。
 ヒドロキシラジカルは非常に高い反応性を持ち、核酸塩基を含む様々な生体分子に対して非選択的に反応する。その反応速度は、しばしば拡散律速に近い値を示す。ヒドロキシラジカルと核酸塩基との主な反応の種類は、ラジカル付加反応(RAF)、水素原子引き抜き反応(HA)、および一電子移動反応(SET)の3つに分類できる。ラジカル付加反応(RAF)では、ヒドロキシラジカルがヘテロ環塩基の不飽和結合(C=C、C=N)に付加する。この反応は、高い速度定数を持つため、しばしば優先的な相互作用経路となる。ピリミジンではC5=C6結合、プリンではN7=C8およびC4=C5結合が主な付加部位となる。水素原子引き抜き反応(HA)では、ヒドロキシラジカルが塩基または糖部分から水素原子を引き抜く。この反応により、塩基上に非常に反応性の高いラジカル種が生成する可能性がある。チミンのメチル基やアデニンおよびグアニンのアミノ基などが典型的な水素引き抜き部位として知られている。一電子移動反応(SET)では、ヒドロキシラジカルが塩基を酸化する。これらの反応は、塩基の置換、挿入変異、欠失、染色体の構造変化など、様々な変化をもたらすと考えられる。
 すなわち、生体内で慢性炎症が起きると、炎症部位で活性酸素種(ROS)が発生し、そのうち過酸化水素が周りの細胞および細胞核内へ拡散して、フェントン反応により生じたヒドロキシラジカルが容易にDNAの変異を引き起こすのである。がんは慢性炎症の部位で発生することも、慢性炎症ががんの前兆であることを裏付けている。

 がん化した細胞のDNAの塩基配列を調べると、非常に多数の変異が起きていることが分かっている。通常、DNAの塩基配列に異常が起きると、すぐにDNA修復系が活動してその異常を修復することが明らかになっている。そのため、何らかの変異原にさらされても、多くの場合、変異は残されない。このDNA修復系が機能しないと、ヒトのように複雑な生体系を維持することは不可能と考えられる。ところが、がんの場合に限り、無数の変異が検出されるのである。この非常に多くの変異が蓄積することががんの特徴と言える。なぜ、がんの場合、これほど多くの変異が蓄積されるのか。その現象を説明できるのは、修復系が間に合わないほど多くの変異が連続して起きる、と想定する以外にない。それは、慢性炎症で絶えず活性酸素種が連続的に発生することにより、初めて合理的に説明できる。
 変異原はゲノム中にランダムに変異を起こすと考えられる。そうすると、約250個あると言われている発がん遺伝子が変異してがん化するためには、どの程度の変異が必要かを推定することができる。今仮にヒトの遺伝子が約25,000個あるとすると、25,000/250 = 100 箇所の変異が必要である。ところが遺伝子は隙間なく並んでいるのではなく、大きなスペースがあることが分かっている。今仮にそのスペースを一つの遺伝子の10倍程度とすると、100箇所の変異は、その10倍の1,000箇所が必要となる。また、一つの遺伝子の中でもその遺伝子の機能に致命的な箇所があり、その致命的な箇所に変異が起きないと、遺伝子が変異したことにはならない。今仮に、その致命的なホットゾーンが一つの遺伝子の1/10と仮定すると、1,000箇所の変異はその10倍の10,000箇所必要となる。すなわち、ゲノム中に10,000箇所のランダムな点突然変異が起きないと、確率的には発がん遺伝子の変異へと到達しない計算になる。2016年国立がん研究センターと理研との共同研究で、肝がんの全塩基配列が300例について決定された結果、点突然変異が1万箇所もあることが明らかとなっているのは、上記推論が妥当であることを示す。

 がんを誘発する原因となる要因は多数あり、そのため予防には共通する対策が取れないと長年考えられてきた。しかし、最終段階でDNAの変異を引き起こす変異原は、紫外線による皮膚がんの場合を除いて、多くの場合、慢性炎症で放出される活性酸素種(ROS)のヒドロキシラジカルであることが明らかとなった。この事実は非常に重要である。
 この事実は、がんの予防という視点からみると、活性酸素種の消去こそが最も主要な予防法であること、を意味する。例えば、抗酸化成分の一つであるビタミンCは、ヒドロキシラジカル(•OH)、スーパーオキシドラジカル(O₂•⁻)、過酸化水素(H₂O₂)、ペルオキシルラジカル(ROO•)など広範囲のフリーラジカルを直接消去することができる。そのメカニズムは、ビタミンCがフリーラジカルに1個の電子(または水素原子)を供与し、その不対電子を中和し、水分子や酸素分子など、より安定で反応性の低い種に変換する。植物には、ビタミンC以外にも多数の抗酸化成分が含まれている。
 がんにかからないためには、慢性炎症を誘発する喫煙や過度の飲酒を避けることに加えて、日常的に抗酸化成分の多い野菜を食べることが必要不可欠である。特に、抗酸化成分を通常野菜の数倍から十数倍も多く含むeスーパー健康野菜の活用が望まれる。