発がん要因の因果関係

発がん要因の因果関係

 がんの原因は何か、という問いには、これまで多くの議論があった。専門家の間では、タバコと食事が全体の2/3 を占める、という見解であったが、一般庶民の間では、食品添加物や農薬が最大の原因であると考える意見が多かった。一方で、ウィルスや細菌もがんの原因になり得る、という指摘もあり、がんの原因については、今日でも議論が整理されていないように思われる。

 ところで、がんは遺伝子(DNA)に変異が起きることが原因である、との見解は、比較的早くから確立されてきた。発がん遺伝子が多数発見されたからである。がんの原因が遺伝子の変異に起因することが明確になると、遺伝子に変異を起こす要因はすべてがんの原因になり得る、ということになった。そこで、遺伝子に変異を起こす物質を探索する方法が開発された。一番簡単な方法は、微生物を使って、変異する能力を調べる方法である。そのためには、ある遺伝子に変異を起こさせ、そのままでは増殖できないが、変異を誘導する成分を入れて培養すれば、復帰変異がおこり、微生物が繁殖できるようになる。微生物の繁殖はすぐに観察できるので、多数の物質について、その変異原性が調べられた。 その結果、膨大な数の物質に変異原性のあることが分かった。タバコや食品添加物にも多くの変異原性のある成分が見つかった。その結果、我々の生活の周りには、非常に多くの発がん物質のあることが広く認識されるようになった。この状況下では、がんの本当の原因は何かについて、整理できない状況となった。

 このブログ(「がんの予防について」2020.10.26)でも述べたが、その状況が変わったのは、日本ガン研究センターと理研との共同研究で、肝臓がんの患者のがん細胞の全塩基配列が300例について決定されて、正常な細胞と比較したところ、一つのガン細胞あたり約1万箇所の点突然変異が発見されたことである(2016年4月)。点突然変異とは、DNAの塩基一つが変異していることを示す。肝臓がんの多くはウィルスの感染で引き起こされることが分かっており、ウィルスもゲノム中に挿入される形で、その部位の遺伝子を破壊するので、それが肝臓がんの原因ではないかと考えられたが、ウィスルによる構造変化はごく一部であることも明らかになった。この研究の後、いくつかのがん化細胞について、DNAの塩基配列が決定されたが、いずれも非常に多くの点突然変異が蓄積していることが分かった。すなわち、がん化した細胞では多くの点突然変異が蓄積していることは、共通する現象なのである。

 ここで、点突然変異を引き起こす要因は何か、について考える。日常生活の周りには、多くの変異要因が存在する。アルコール、タバコ、食品添加物の中の亜硝酸塩、野菜に含まれる硝酸塩が食べるときに出る亜硝酸塩、紫外線、放射線、ウィルス、細菌、活性酸素、などである。このうち、点突然変異を誘導するのは、タバコの煙に含まれ、亜硝酸塩から生成するニトロソアミンと活性酸素とである。活性酸素については、このブログ欄(「抗酸化成分がガンの予防になることを示す直接の証拠」2023年10月)で説明した。日本がん研究センターと理研の共同研究の結果が示す重要な内容は、点突然変異が異常に多く蓄積していることである。人体内で起こる遺伝子変異は、基本的にはDNA修復系により修復されて、変異が残らない、というのが生物学の常識である。ところが、がん化した細胞では、ゲノム当たり1万箇所もの点突然変異が見つかっている。明らかにDNA修復系が機能していない結果なのである。この結果は、変異原の量が非常に多くて、DNA修復系では修復しきれなかった、と考える他はない。それほど多くの変異原にさらされるのは、慢性炎症で発生する活性酸素以外には考えられない。タバコや亜硝酸塩から生成するニトロソアミンでは、この大量の変異を説明できない。すなわち、がんの直接の原因となるDNAの変異は、慢性炎症で発生する活性酸素であることは間違いない。


 そうすると、がんの原因として従来考えられてきた多くの要因には、因果関係のあることが分かる。すなわち、がんの直接の原因であるDNAの変異は慢性炎症で出る活性酸素により引き起こされており、他の要因は慢性炎症を引き起こすことにより、がんを二次的に誘導していることである。このように整理すると、従来から指摘されてきた「がんの原因」には相互の因果関係があり、一つのまとまった形で、その因果関係を整理できる。この因果関係を上図に示した。この図から分かることは、従来がんの主要な原因とされるタバコについても、タバコの煙に含まれるニトロソアミンに強力な変異原性があるとしても、その変異原性ががんの直接の原因ではなく、タバコの煙に含まれる化学物質などが原因で慢性炎症が起きて、それが原因で発生する活性酸素により細胞ががん化する、と見なすべきである。事実、タバコを吸う人は、肺や気管支に炎症が起き、それが慢性化しやすいと言われている。タバコを猛烈に吸うヘビースモーカーの場合、その煙に含まれるニトロソアミンがDNAの変異を誘発することはあり得るかもしれない。しかし、ゲノムあたり約1万箇所もの変異を誘発するのは、主要には慢性炎症で発生する活性酸素であり、ニトロソアミンはその一部でしかない、と考えるべきであろう。

 がんになる場合、なぜゲノム当たり約1万箇所もの変異が起きているのか、その理由は、ゲノム中に約250個ほど存在する発がん遺伝子に変異が起きる確率で説明できる。変異原はDNAの特定の部位を変異させるのではなく、変異する部位は完全にランダムである。ヒトのゲノムに約2万5千個の遺伝子があるとすれば、約100分の1が発がん遺伝子ということになる。遺伝子はDNA中に隙間なく並んでいるのではなく、1つの遺伝子とその隣の遺伝子との間には、遺伝子10個分程度のスペースがある。この状態でランダムに変異が起きて、それが発がん遺伝子に当たる確率は1,000分の1ということになる。ただし、一つの遺伝子の中で致命的な部位(ホットゾーン)が、遺伝子の10分の1程度と考えると、ゲノム全体でどれかの発がん遺伝子の致命的な部位に変異が起きる確率は10,000分の1ということになり、発がん遺伝子に変異が起きるのは、平均してゲノムあたり1万箇所程度であり、日本がん研究センターと理研の研究結果は確率で説明できる。すなわち、遺伝子の変異は、少ないときはDNA修復系により取り除かれるので、変異が蓄積することはない。慢性炎症の場合のように、変異原である活性酸素が多量に生成して、DNA修復系では修復しきれない場合に、その変異が蓄積して、その数がゲノム当たり1万カ所程度になると、発がん遺伝子のいずれかが変異してがん化するのである。その意味で、変異原性のある物質がすべてがんの原因になるのではなく、がんの直接の原因になるのは、一度に大量に変異原を発生する活性酸素である。例えば、残留農薬や食品添加物による発がんの可能性は小さい、と考えられる。また、炎症を誘発するウィルスや細菌(ピロリ菌など)、タバコなどは慢性炎症を引き起こして、間接的にがんの原因となる。

 このように考えると、がんを予防するためには、慢性炎症で発生する活性酸素の害を防ぐことが最も重要となる。活性酸素を消去するには抗酸化成分を多く含む野菜を食べるのが一番よい。しかし、細胞ががん化する際の活性酸素(特に炎症部位から周りに拡散する過酸化水素)の量は非常に多い。これらを確実に消去するには、緑色の野菜を毎日食べること、できれば e-スーパー健康野菜のように、抗酸化成分を10倍程度多く含む野菜の方がより効率がよい。それでもなお、確実に活性酸素を消去するには、サプリメントのビタミンCなどを使用することも考えられる。しかし、ビタミンCは、一度に多くの量を飲んでも、血中濃度が一定濃度に達すると、吸収されなくなるという。最近では、ビタミンCをリポソームで包んで、吸収効果を高めたサプリメントも発売されている。抗酸化成分のサプリメントががんを予防する効果については、過去に大規模な調査が行われて、その予防効果は認められなかった。しかし、そのような調査には問題点がある。調査に使用したビタミンCなどのサプリメントの量が不十分であった可能性がある。がんの原因となる、慢性炎症で発生する活性酸素量は非常に多いので、それらを消去するのに十分なビタミンCが使用されていなかった可能性もある。この場合、医者のよく言う「エビデンスがない」という言説には、あまり惑わされてはならない。「エビデンスはまだない」と見なすべきである。