有機栽培とは何か?

1有機野菜はおいしいか

 有機野菜は割高だけどもおいしい、という声はよく聞く。また、有機野菜は農家が自然の生態系を大切にして栽培した野菜であるから、そのような農家を積極的に支援したい、という声もよく聞く。ところが、一方で日本を含めて世界各国で有機野菜と通常の露地野菜との成分などを比較したデータが多くあり、それらの多くは明瞭な差はないことを示している。味覚については、非常に複雑な仕組みがあり、おいしいと思うかどうかは人によって同じではない。

 私の関心事は、有機野菜がほんとうにおいしいと思っている人がいたとして、その人がいろいろな産地の有機野菜を食べたとき、同じくおいしいと思うかどうか、にある。そして、有機野菜にもおいしいものと、そうでないものがあるとすれば、その違いは何によるのか、が私の関心事である。

 

2 有機栽培は通常の路地栽培と何が違うのか

(1)有機野菜の栽培では根が有機物をそのまま食べているのか

 有機栽培に熱心な人の中には、有機栽培では野菜の根が有機物をそのまま吸収しているからおいしいのだ、と信じている人がいる。実は、そのような考え方は、古代ギリシャの哲学者であるアリストテレスによって提唱され、その後永い間多くの人々によって信じられてきた説である。

(2)植物の成長に関する研究の歴史

 古代ギリシャの哲学者であるアリストテレス(Aristoteles, BC 257~BC 180)は、動物が食物を口から取り入れて成長するように、植物も土壌中の養分を根から吸い上げて生長すると考え、この説が17世紀の中頃まで受け継がれてきた。

 オランダのヘルモント(van Helmont, 1579~1644)は、柳の苗木(2 kg)を乾いた土(91 kg)に植え、雨水だけで育てた。5年後に柳は 77 kg に成長したが、土はわずか 57 g しか減っていなかった。この結果から彼は、植物体は水に由来しているとして、アリストテレスの説を否定した。

 その後、18世紀から19世紀にかけて、植物の成長には光が必要なこと、空気中の二酸化炭素が植物体の有機物の根源であることなど、光合成の概要が明らかになった。

(3)水耕栽培法の確立

 ドイツの植物生理学者であるザックス(Julius von Sachs)は、光合成の産物がデンプンでありそれが葉緑体に蓄積することを、ヨード反応を使って明らかにした(1864)。その実験の過程で、植物はいくつかの塩類を水に溶かした液で育てることができることを示した。これが水耕法(water-culture, hydroponics)の始まりである。

 ザックスの水耕法を追試してさらに発展させたのがドイツのクノップ(Wilhelm Knop)である。クノップの水耕法は、植物の成長に土は必須ではないことを明らかにし、その後植物を土なして育てる方法として、広く使用されてきた。

 水耕法は、その後植物の必須元素の解明に使用され、また実際に農作物を栽培する養液栽培法へと発展した。養液栽培法は、農作物の根を固定するために小石(礫)やロックウールなどを使用したり、肥料養液を根に噴霧する方法などを総称する用語である。

 

(4)有機栽培で野菜や作物が成長するしくみ

 有機物を土に混ぜると、微生物の働きにより、最終的には現在の大気中で安定な無機化合物へと分解される。植物は、その無機化合物を根から吸収し、光合成により再び有機物をつくる。微生物の働きで土壌中で有機物が分解して生成した無機化合物は、化学肥料に含まれる無機化合物と同一成分である。したがって、化学肥料を水に溶かして使用する養液栽培と土壌栽培(有機農法を含む)とは、植物の成長からみると原理は同じである。

 ところが、有機農法の定義として「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと」が掲げられているように、化学肥料と有機農法とが相容れないとみなされている現状は、科学的に見て正しくない。例えば、有機物が微生物により分解されると窒素は硝酸イオンになるが、その硝酸イオンは化学肥料に含まれる硝酸イオンと化学的に完全に同じである。

 有機農法が社会的に支持される背景には、化学的に合成された農薬の多量使用が生態系を破壊してきたこと、また土壌の性質を無視した化学肥料の大量使用が、耕地の破壊や環境汚染をもたらした歴史的事実がある。有機農法を支持する心情は理解できるが、有機農法を絶対化(信仰化)してしまうと、植物の成長に関する科学的研究成果を無視して、古くアリストテレスの時代へと戻ってしまうことになる。

 

(5)有機栽培の弱点

 土に混ぜた有機物の微生物による分解速度は温度に依存するから、高温な地域で有機農法を行えば、有機物の分解速度は速く、植物にとっての肥料成分は短期間のうちに多量に生成する。そのため、化学肥料を一度に多量に施肥した場合と同じことが起きるので、有機物が徐々に分解しそれを植物が吸収するという有機農法の利点は出てこない。

 土の中の有機物が微生物によって分解される速度が温度に依存することは、熱帯降雨林を伐採して焼き畑とすると、土の中の有機物は温度が高いために急速に分解され、無機化した栄養素(肥料成分)は雨などに流されるので、土は貧栄養化して植物が育たなくなる、ことからよく分かる。すなわち、熱帯降雨林は一度伐採されると再生できなくなるのである。これは、ブラジルやインドネシアなどで現実に起きていることである。

 一方で、寒い地方、日本では東北地方や北海道では、1年のうち半分は雪で覆われるので、土中の有機物は分解されずに残り、それが蓄積するので、土の中の有機物は豊富に存在する。このような地域の畑は弾力性があり、踏んでもふわふわ感じる。

 すなわち、有機栽培が有効に機能するには、適度な寒冷さがが必要であり、どこでやっても有機農法がうまくいくのではない。温度が高くなると昆虫の活動も活発になり、また日本のように降雨量が多く湿度が高い場合には、カビなどの微生物の繁殖も活発になる。昆虫やカビが多くなると、殺虫剤や殺菌剤を使用せずに農作物をつくることは、非常に困難となる。

 

3 有機栽培のメリット、エッセンスを活かす野菜栽培の方法はないか

(1)有機栽培のエッセンス

 これまでの話を整理すると、野菜が成長するのは、有機物が分解してできる無機成分(肥料成分)を野菜の根が吸収して地上部に送り、そこで光合成によって再び有機物が合成されるのであり、この点では有機栽培も通常の露地栽培もまた養液栽培も、仕組みは同じである。

 有機野菜のエッセンスは、有機物の分解が徐々に進行し、その過程で生成した肥料成分を根が吸収する点にある。温度が高く急速に分解した場合、肥料成分は多量に土に貯まることになり、それを根が吸収すると、当然光合成に必要以上の肥料成分が野菜に蓄積することになり、そのような野菜は肥料成分の一つである硝酸イオンが葉に大量に蓄積する(残留硝酸塩)。すなわち、化学肥料を多量に施肥した場合と同じことが起きる。

 残留硝酸塩がある濃度(例えば 2,000 ppm)を超えると、人の味覚はえぐ味を感じておいしさが減少する。大人は分からなくても子供の味覚は鋭敏だから、そのえぐ味を感じて吐き出してしまう。母親が野菜は身体にとって大切だから食べなさい、と強要すると、子供は我が身を守る本能から、絶対に食べたくないと思い、以後野菜嫌いが成立する。

 残留硝酸塩が多い野菜を食べたとき、口の中の細菌により、その一部が亜硝酸塩に還元される(約5%が亜硝酸塩に変わるという:農水省ホームページ)。亜硝酸塩はヘモグロビンに結合してその機能を阻害するほか、胃の中で魚などに多く含まれるアミンと結合して強力な発がん物質ニトロソアミンに変わる。ニトロソアミンはタバコの煙に含まれる発がん物質である。EUでは残留硝酸塩濃度に規制があり、レタスで 2,500 ppm 以上の残留硝酸塩を含む野菜は販売が禁止されている。子供が野菜の中のえぐ味を感じて吐き出すのは、我が身を守る本能であり、理にかなっているのである。

 残留硝酸塩濃度が高い野菜として、従来の植物工場野菜がある。ある大手電機メーカーの植物工場で生産されるレタスは、8,200 ppm もの残留硝酸塩を含んでいる。このように、従来の植物工場野菜に残留硝酸塩濃度が高い理由は、蛍光灯程度の弱い光量の光源を使い、収穫までの栽培期間を短縮しようとして肥料を多く使用する傾向にあるからである。

 

(2)有機栽培のエッセンスを再現できる「e-スーパー健康野菜」

 有機栽培のエッセンスが有機物を徐々に分解して、生成した無機養分を少量ずつ野菜の根に供給することにあるとすれば、その方法を実現することは可能である。従来の植物工場の課題を克服するために、比較的強い光量の光源を使い、肥料成分を少しずつ少量与えるのである。肥料を少なくすれば、野菜の成長が遅くなり、結果として経費の多くかかる野菜になるのではないか、と考える人が多いかもしれない。それは杞憂である。播種から苗の育成、移植後の生育、収穫までの養液を最適化すれば、従来の植物工場野菜よりも生育期間を短縮して栽培でき、残留硝酸塩濃度をレタスや小松菜で 400~800 ppm にすることができる。そのような方法で栽培した野菜を「e-スーパー健康野菜」と名付けた。