がんの予防について

京都府立大学名誉教授 竹葉 剛

がんの原因

1.がんを引き起こす原因は活性酸素である

日本人の2人に1人はがんに罹り、3人に1人はがんで死ぬという。医者は、がんは誰もが罹りうる病気であって、がんに罹らないようにするには生活習慣に気をつけなさい、という。国立がん研究センターは、「禁煙」「節酒」「食生活」「身体活動」「適正体重の維持」の5つの生活習慣に気を付けて生活しておれば、がんのリスクはほぼ半減する、と説明している。しかし、多くの日本人は、そのような説明はよく知っていて、それでも2人に1人はがんになっており、しかも、がんで死ぬ人は年々増加しているのである。がんの死亡率(人口10万人あたり300人 : 2018年)がこれだけ高い国は先進国のなかでも日本だけであり、なぜ日本人のがんがこれほど増加しているのか、その原因について考えてみよう。

がんは遺伝子の変異により始まることはよく知られている。問題は、遺伝子(DNA)を変異させる要因である。生活の周りには、遺伝子を変異させる要因は多くある。ウィルス、環境化学物質、タバコ、放射線、食品添加物、活性酸素などである。これらのすべてががんの原因になっているのか。ヒトの遺伝子の中で変異するとがんを引き起こす遺伝子が約250個ほど知られており、発がん遺伝子と呼ばれる。ところで、遺伝子はいろいろな要因で変異するが、その変異はすぐに修復される。DNA修復系と呼ばれる酵素系が絶えず変異していないか見守っており、変異が放置されることはマレである。人類の祖先がこの地上に現れて以来数百万年が経過しているが、ヒトの一生の間に受けた遺伝子の変異が修復されずに蓄積しておれば、人類の基本はすでに失われてしまっているに違いない。要するに、遺伝子は変異するが、その変異の大部分はすぐに修復されて元通りになっているのである。それでは、がんになる場合、発がん遺伝子の変異は修復されないのであろうか?ここまでが、予備知識。

2016年、国立がん研究センターと理研の共同研究で、肝臓がん300例について、そのがん細胞のDNAの全塩基配列が解読され、正常な細胞と比較したところ、1つのがん細胞あたり平均して1万カ所に点突然変異が発見された、という。点突然変異というのは、DNAの塩基が1個変異していることをさす。なぜ肝臓がんを300例も集めて分析したかというと、肝臓がんはウィルスが原因となる、と一般的に見なされてきたからである。ウィルスもヒトの遺伝子に変異を起こすが、その方法は、ウィルスゲノムをヒトのDNAの中に挿入して、その挿入した部位のDNAを変異させるのである。分析の結果、ウィルスが挿入されて変異したケースは非常に少なかったという。この研究発表の結果は、いくつかの非常に重要な事実を示している。がん化した細胞では、1万カ所にもおよぶ点変異が残されており、それらは修復されていないこと、ウィルスは変異の直接の原因ではないこと、である。そして、点突然変異の原因は、活性酸素であり、それ以外では説明できないこと、である。

活性酸素が原因といわれても、すぐには理解できないかもしれない。肝臓がんの場合について、具体的に経過を見てみよう。肝臓がんでは、B型とかC型とか言われるウィルスの感染から始まる。ウィルスが肝臓の細胞に感染すると、免疫系がウィルスを異物とみて攻撃を始める。その攻撃の方法は、免疫細胞が活性酸素を放出して異物を破壊しようとするのである。免疫細胞が最初に出すのは、スーパーオキサイドという酸素に電子が付加した反応性の高い酸素(=活性酸素)である。ウィルスに作用しなかったスーパーオキサイドは、細胞中のSOD(スーパーオキサイド・ディスムターゼ)という酵素の働きで過酸化水素(これも活性酸素の1種)に変換される。過酸化水素は比較的安定な物質であるが、細胞中に含まれる抗酸化成分の働きで水に分解される。ここで、抗酸化成分が十分にあれば、過酸化水素はどんどん分解されるので、問題は起こらない。

細胞の中に抗酸化成分が少ないときは、過酸化水素は隣の細胞に拡散していき、もし鉄イオンと出会えば、非常に反応性の高いヒドロキシラジカルという物質に変換される。このヒドロキシラジカルはDNAの塩基と反応してDNAを変異させるのである。変異した塩基はDNA修復系により切り出され、その部位にはDNAの相補鎖の塩基に対応する元の塩基に修復される。ヒドロキシラジカルが反応した塩基がグアニン(G)の場合には、修復系で切り出された塩基(dG8OH)は尿へ出されるので、尿中のdG8OHの量を測定すれば、体内で活性酸素により変異し修復された塩基の量を確認できる。
肝臓の細胞に感染したウィルスの増殖速度が大きくて、免疫細胞の最初の攻撃で排除されない場合には、ウィルスと免疫細胞との戦い(炎症)は長期化して、慢性炎症となる。炎症が慢性化した場合、細胞中の抗酸化成分が少なければ、炎症部位の周辺細胞には過酸化水素が絶えず拡散してくることになり、周辺細胞中のDNAは絶えず変異を受け続けることになり、修復系では修復しきれない結果となる。そして、周辺細胞の変異が1万を超える数に達すると、発がん遺伝子のいずれかが変異することになり、その細胞のがん化が始まるのである。すなわち、DNAの変異は修復されて変異が蓄積することはめったに起こらないが、慢性炎症が放置されると、活性酸素の一種である過酸化水素がシャワーのように周辺の細胞に降り注ぎ、DNAの修復系が追いつかないほどに変異を引き起こし、修復されない変異が細胞あたり1万個に達するとがん化が始まるのである。過酸化水素のシャワーを防ぐには、抗酸化成分を十分に与えて、過酸化水素を分解する以外に方法はない。

日本人のがんが急増している背景に野菜の消費低下がある

日本人のがんが世界的に見ても多いこと、しかもさらに増加していることの背景には、日本人の食生活で野菜の摂取が急速に減少していることが挙げられる。野菜、とくに緑色の野菜には、多種多様な抗酸化成分が多く含まれており、食物から野菜を多く摂取しておれば、抗酸化成分の作用により活性酸素、特に過酸化水素が分解され、その結果として活性酸素による遺伝子の変異も抑制される。野菜を多く食べほどがんにならないことが分かっている。アメリカでは1991年以降、”Five A Day”運動として知られる、緑黄色野菜を1日に5皿食べるキャンペーンがスタートした結果、野菜の摂取量が多いニューヨーク州やマサチューセッツ州では、大腸・直腸がんの死亡率が2007年には1990年に比べて半減している。(1)また、台湾におけるB型肝炎ウィルスのキャリアを8~10年間追跡調査した結果、野菜の摂取が週6回以上の人は、それ以下の人よりも、肝がんの発生率が4.7倍も少なかったことが分かっている。(1995年、キャンサーリサーチ論文)(1)
日本では野菜の消費が低下していることに対応して野菜ジュース、青汁、サプリメントの消費が増加しているが、がんの予防という点でいえば、これらは野菜の代わりにはならないことが明らかになっている。その理由は、野菜ジュース、青汁を製造する際に滅菌のため高温処理を行うが、抗酸化成分の多くはこの高温処理の過程で酸化を受けて抗酸化能を失うのである。ビタミンCについては、含量が少なければ一般の人にもすぐに分かるので、高温処理後にフィルター濾過して追加しているという。(メーカーのホームページ)

サプリメントの効果については、大規模な治験の報告があり、サプリメントの摂取でがんの死亡率が低下したという結果は得られていない。むしろ、ビタミンEやカロチノイド(ビタミンA)などの脂溶性ビタミンでは、サプリメントとして一定量以上摂取することで、がんによる死亡率が上昇した、という報告がある。サプリメントが効かなくて野菜が有効であることには、いくつかの理由がある。まず、抗酸化成分は有効な還元型が作用すると酸化型に変換されるが、酸化型が多くなれば、抗酸化作用を阻害すること、野菜に含まれる抗酸化成分には多くの種類が含まれているので、互いに協調して抗酸化作用を発揮すること、などである。ビタミンEが酸化されると、ビタミンCが作用してビタミンEを還元型に戻すことが分かっている。また、ビタミンCはサプリメントで摂取しても、一定量以上は吸収されずに排泄されることも分かっている。人類は草や野菜を食べて進化してきたので、野菜の中に含まれる多種多様な抗酸化成分を利用するしくみができあがっているのである。サプリメントとして特定の成分を多量に摂取しても有効ではないことの理由である。

がんを予防するにはどうすればよいか?

がんの原因が活性酸素による遺伝子の変異にあることが分かれば、がんの予防策も具体的に準備できる

1.抗酸化成分の豊富な野菜を十分に摂る

野菜には、葉菜、果菜、根菜があり、その中で特に抗酸化成分が多いのは葉菜である。ビタミンC、E、カロチノイド(ビタミンA)は緑色の組織に多い。その他、システイン、ポリフェノール、含硫化合物なども葉菜には多く含まれている。がんの予防を考えた場合、緑色の葉菜を毎日摂取することが重要である。
葉菜に含まれる抗酸化成分の量は、生育条件によって大きく変動する。植物体内の抗酸化成分の生合成系は、酸化ストレスが強まれば、それに応じて抗酸化成分が増加するように仕組まれている。露地野菜では、強い太陽光、水の不足(水ストレス)、塩ストレス、低温などの条件下で酸化ストレスが増し、それに応じて抗酸化成分が増加するように、関連する生合成系の酵素群がつくられている。冬期に栽培されたホウレンソウに含まれるビタミンCは、夏期のものよりも2倍ほど含量が高くなるのは、その表れである。一方で、植物工場では、LEDなどの光源が用いられるので、太陽光下での酸化ストレスを作り出すことはできない。その代わりに、青色光下で窒素を含まない養液で栽培すると、抗酸化成分の総量が10倍から20数倍に増加することが分かっている。青色光は、植物にとっては、光合成の他、光屈曲などの形態形成に利用されるが、植物体内では青色光を受けると弱い活性酸素のシグナルを出すことが分かっている。
このような原理を応用して抗酸化成分を多量に含む野菜を生産する方法が開発されており、「健康野菜・けいはん菜」と名付けられている。「健康野菜・けいはん菜」のレタスやコマツナを毎日食べておれば、がんの予防に大きく役立つと考えられる。

2.体内の抗酸化力を上げる

一般に炭水化物はエネルギーを作り出すのに必要な栄養素と考えられているが、人体を構成する細胞の中で絶えず発生する活性酸素の害を消去するのは、炭水化物の分解過程で出てくる還元力である。炭水化物は人体に取り込まれると、肝臓でグルコースに分解され、血糖として各細胞に運ばれる。細胞内に取り込まれたグルコースは分解されて還元物質に変換され、その還元物質はエネルギーの産生や細胞内の成分を還元状態に保つ働きがある。特に、細胞内で過酸化水素を分解する抗酸化作用を発揮するグルタチオンは、糖の分解過程で生成した還元物質で還元状態を保って作用するので、炭水化物も抗酸化成分を生成する際に役立っている。したがって、炭水化物を過剰に摂取することは控えなければならないが、糖質制限といって炭水化物を制限しすぎると、細胞内の還元状態を保てないので、適度の糖質(炭水化物)は、エネルギー源および細胞内還元状態の維持のために必要である。

3.体内の炎症を抑える

がんは、その前兆として多くの場合慢性炎症がある。したがって、慢性炎症を放置して周りの細胞をがん化させる前に、慢性炎症そのものを抑えることががんの予防には欠かせない。炎症は免疫系が異物を見つけたときに活性酸素を出して攻撃することで引き起こされるが、細胞を構成するタンパク質なども、その活性酸素によって攻撃されて新たな異物になり得るので、最初の異物が消失した後でも炎症の結果生じた異物がさらに炎症を引き起こし、体内の炎症は容易に慢性化する。そのため、慢性炎症を防ぐには、最初の異物であるウィルス・細菌などの感染や体内に異物を作り出す喫煙などに注意することがまず必要である。
次いで、慢性炎症を放置しないことが必要である。肺炎、気管支炎、鼻炎、肝炎、胃炎、大腸炎、膵臓炎などには、それぞれの症状があるから、できるだけ初期の段階で医者に診てもらい、それらの炎症をなくする努力をすべきである。それらの炎症を放置すると、やがてその周辺の細胞ががん化することになる。

4.サプリメントや薬の活用

体内で発生する活性酸素を消去するには、抗酸化成分の豊富な野菜を多く摂ることが基本であるが、がんを完璧に予防するためには、念のためサプリメントを活用することは推奨される。特に、激しい運動を行うと、体内のビタミンCが急速に消費されるので、それを補う目的でビタミンCのサプリメントを摂ることは合理的である。中学生や高校生の運動クラブの部活では、体内のビタミンCが急速に低下していることが報告されている。この状態を放置すると若年層のがんを招く可能性がある。激しい運動だけでなく、喫煙の場合にも活性酸素が大量に発生し、抗酸化成分が消費されるので、それを補う目的でビタミンCのサプリメントを摂ることが望ましい。
一方で、高齢者の場合、食事の偏りや栄養素の吸収能力の低下などから、細胞の抗酸化能力が低下している場合がある。細胞の抗酸化能力を直接担うのはグルタチオンである。グルタチオンは細胞内で発生した過酸化水素を消去して水に戻す役割があるので、グルタチオンのレベルが低くなると、活性酸素の消去能力が低下する。NAC(N-アセチルシステイン)はグルタチオンの前駆体であり、サプリメントとして摂取すると、体内のグルタチオンレベルが上昇することが分かっている(3)。そのため、高齢者でグルタチオンを補給する目的でNACを摂ることは推奨される。NACは日本ではサプリメントとして販売されていないが、輸入品として入手できる。
風邪をひいたとき、風邪の症状を抑えるために、薬局で風邪薬を購入して服用することはよく行われている。この風邪薬の中には、炎症を抑える成分が含まれている。イブプロフェンやアスピリンなどである。がんはその前兆として慢性炎症があることは前述したが、アスピリンを常用する人ではがんによる死亡率が低いことが報告されているので、慢性炎症がある場合、それを抑えるために抗炎症剤を使用することは、処方箋としてはありうると考えられる。

5.自分でできる体内チェック

すでに述べたように、尿中のdG8OH量を測定すれば、活性酸素により変異した遺伝子の修復量を確認できる。その値が高ければ、体内の酸化ストレスが高いことを意味するので、今後がんになる可能性があるかどうかを確認できる。薬局に行けばdG8OHの測定キットを販売している(4)ので、それを購入して自分の尿を入れて送れば、後日結果を知らせてくれる。
感染症で体温が上昇したときに血液中で濃度が急速に上昇するCRPというタンパク質は、炎症が起きたときにマクロファージから放出されるインターロイキン(IL-6)により肝臓で誘導される炎症マーカーである。CRP値が5.0mg/L以下が健常者のレベルであり、この値を超えれば、体内で炎症が起きていることを示す。健康診断時のCRP値をみれば、炎症が起きているかどうかを確認できる。

引用文献

(1)前田 浩「最強の野菜スープ」マキノ出版(2017)
(2)前田 浩「ウィルスにもガンにも野菜スープの力」(2020)
(3)Top 9 Benefits of NAC (N-Acetyl Cysteine)(https://www.healthline.com/nutrition/nac-benefits
(4)(株)ヘルスケアシステムズ : 酸化ストレス検査(郵送検査)