2022/06/21
野菜には抗酸化成分が多く含まれているので、がんの予防に有効であるというと、それでは野菜に含まれている抗酸化成分のうち、何ががんの予防に有効なのか、という発想が出てきて、それを究明するとがん予防の特効薬になるのでは、と展開していく。このような発想を「薬学的発想」としておく。何か有効な成分を見つけて、それを薬として売り出せば、人々に喜ばれるかもしれない、儲かるかのしれない。このような「薬学的発想」によって、多くのビタミン類が発見されてきた歴史がある。
がんの予防効果についても、野菜に含まれる抗酸化成分を「薬学的発想」で、多くの研究者が取り組んできた経過がある。すなわち、野菜に含まれる抗酸化成分をサプリメントとして人々に投与して、その効果を調べた大規模な調査が過去にあった。しかし、その結果は「効果なし」であった。効果がないどころか、ビタミンEやカロチノイドなどの脂溶性成分をサプリメントとして一定量投与すると、むしろがんの発生率が高まった、という結果が報告されている。野菜に含まれる抗酸化成分の効能については、ここで話が止まってしまっている。野菜のがんの予防効果については、十分なエビデンスがない、ということになり、がんの原因究明を含めて、思考が停止したままになっているのである。
一方で、がんの直接の原因であるDNAの変異要因については、肝臓がん300人のがん細胞のDNA配列を解析することによって、変異原は活性酸素(特にヒドロキシラジカル)であることが明白になっている。肝臓がん以外のがんについても、がん細胞では非常に多くの点突然変異が見つかっており、活性酸素でDNAが変異することが、がんの基本的な仕組みであることが明らかになってきている。がんの直接の原因は、慢性炎症で免疫細胞が出す活性酸素が過酸化水素として周辺細胞に流出し、そこでFe++ と出会って、非常に反応性の高いヒドロキシラジカルが生成し、それがDNAの塩基に結合して点突然変異を蓄積していくことにあることは、過去の様々なデータを合理的に説明できる、がん化の基本的な姿と考えられる。
がんの直接の原因が活性酸素であることに立脚すると、活性酸素を消去する機能をもつ抗酸化成分の役割が明確になる。植物は、強い太陽光の下で固着生活をすることで進化してきたので、光合成の光化学系で発生する多くの活性酸素に対応するために、様々な抗酸化成分の生合成系を発達させてきた。抗酸化成分とは還元作用のある化合物のことであり、その還元作用の正体は電子であり、その電子は太陽光のエネルギーで水が分解して出てきた電子なのである。植物に非常に多くの抗酸化成分が含まれるのは、太陽光の下でふんだんに発生する電子の流れが背景にある。動物にも抗酸化成分はあるが、それらは植物が作った糖を分解して還元力(呼吸鎖で生成するNADHなどの還元物質)をつくるか、あるいは植物から得た成分をそのまま利用するもの(システインやグルタチオンなど)である。動物に比べて、植物の方が、圧倒的に抗酸化成分が多い理由である。植物には多種多様な抗酸化成分が多く含まれ、動物はその植物を食べて抗酸化成分を得てきた進化の過程がある。
前田浩(熊本大学名誉教授、日本がん予防学会会長)氏の「最強の野菜スープ」(マキノ出版 2017)には、野菜を食べる人ほどがんにならない事例が多く紹介されている。例えば、肝炎ウィルスのキャリアで野菜摂取量の多い人は肝臓がんの発生率が4.7 倍少なかった(台湾)、「Five a day 運動」で野菜摂取量が増加した東部州(ニューヨーク州、マサチューセッツ州)では大腸・直腸がんによる死亡率が急激に低下した(下図参照)、など。
ところで、最初に述べた野菜とサプリメントの違いに関する問題である。野菜ではがんの予防効果が多く報告されているのに、サプリメントではその効果がないのはなぜなのか。それは、野菜に含まれる抗酸化成分のミックス効果である、そして、効能があるとその成分を追い求める「薬学的発想」にも問題がある、と考える。
野菜に含まれる抗酸化成分のミックス効果とは何か。それは、野菜には多種多様な抗酸化成分が含まれており、それらは人体内では協調的に作用して総合的に抗酸化機能を果たしている、という内容である。具体的にいうと、ビタミンEは脂溶性であり、主に生体膜に存在し、脂質の酸化を防止する機能がある。生体膜に含まれるリン脂質の脂肪酸側鎖が酸化されると、ビタミンEがそれを還元して元に戻す役割がある。すると、ビタミンEは酸化されるが、そのビタミンEを還元して元に戻すのが細胞質に含まれる水溶性のビタミンCである。その際にビタミンCは酸化されるが、そのビタミンCを元に戻すのが、各種のポリフェノール類である。このように、野菜に含まれる抗酸化成分は相互に協調して機能しており、全体として抗酸化機能を果たしているのである。すなわち、野菜の抗酸化作用は、野菜に含まれる抗酸化成分の協調によって、それぞれの量は少なくても連続して持続する効能がある。ビタミンCやポリフェノール類は水溶性であり、野菜から得たそれらの成分は人体内を通過して排泄される。こうして、我々の身体は活性酸素の害から守られているのである。動物の身体は、永い進化の過程において、植物から抗酸化成分を得て、体内の活性酸素の害に対応してきたのであり、その対応方法も植物に含まれる抗酸化成分に応じて進化してきたのである。
野菜に含まれる多種多様な抗酸化成分間の協調作用で末端に位置するポリフェノールには、健康に寄与する多くの効能が知られている。Hannah Cory ら(National Library of Medicine 2018)は、ポリフェノールの健康機能についてレビューしている。フランスボルドー地域では、赤いポリフェノールであるレスベラトロールを含む1日3〜4杯のワインを飲むと、非飲酒者と比較して認知症とアルツハイマー病の発生率が80%低くなる;カレーに含まれ、ポリフェノールクルクミンを含むターメリックは、消費量が多いため、インドでのアルツハイマー病の発生率が低いことに寄与している;緑茶を飲んだ日本の高齢者は、お茶を飲まない人やコーヒーや紅茶を飲む人と比較して、認知機能低下の発生率が低い;ポリフェノールが豊富な食事の長期摂取が、特定の癌、心血管疾患、2型糖尿病、骨粗鬆症、膵炎、胃腸障害、肺損傷、および神経変性疾患から保護することを示唆;アントシアニンを含む食品の摂取により、空腹時血糖値が改善され、耐糖能とインスリン感受性が改善される、などである。
「薬学的発想」に問題がある、というのは、野菜に含まれる抗酸化成分のミックス効果を、有効成分の探索という「薬学的発想」では解明できないからである。「薬学的発想」の行き着く先は、この場合サプリメントの開発である。サプリメントは一度に大量の成分を飲む。そうすると、いくつかの問題が生ずる。抗酸化反応では、抗酸化の機能を果たした成分は酸化型になるが、酸化型は抗酸化反応を阻害する。そうすると、時間とともに抗酸化作用は機能しなくなる。サプリメントでは、抗酸化作用が持続しないのである。サプリメントをいくつか組み合わせてがんの予防効果を調べるという調査そのものに問題があることになる。すなわち、野菜に含まれる抗酸化成分によるがんの予防効果については、それをサプリメントの効果に置き換えて調べるという「薬学的発想」では解明できないのである。野菜に含まれる抗酸化成分をすべて調べ上げて、それと同じ種類と量とをサプリメントで再現すれば実験は可能かもしれないが、それは野菜そのものを食べることに他ならず、またその作業は現実問題としては不可能である。
がんの予防に関しては、がんの直接の原因が活性酸素であること、そのため活性酸素の消去に有効な野菜の効能が認めらること、ここに土台をおく必要がある、と考える。