野生動物にがんが少ないのはなぜか?

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野生動物にがんが少ないのはなぜか?

 T. A. Albuquerqueら(Thales A. Albuquerque, et al., “From humans to hydra: patterns of cancer across the tree of life.” Biological Reviews, doi.org/10.1111/brv.12415, 2018)は、ヒトを含む4000種以上の生物のがんについてのこれまでの研究をまとめる論文を発表し、野生動物にはがんが極めて少ないこと、一方でヒトのがんは多種多様で高い発がん率が特徴であると報告している。これはなぜなのか?

 一般に野生動物という場合、その多くは草食性動物である。草食性であれば、植物に含まれる抗酸化成分を多く摂取でき、がんの直接の原因である活性酸素の消去に役立つと考えられる。肉食動物はどうか。肉食動物は草食動物の肉や内臓を生で食べ、動物体内の主要な抗酸化成分であるグルタチオンなどをそのまま(還元状態のまま)食べるので、草食動物の抗酸化成分をそっくり摂取できる。また、ヒトとサルを除く動物は、抗酸化成分のビタミンCを必要に応じて体内で合成できることも、野生動物にがんが少ない原因になっているかもしれない。サルは草食性であるのでビタミンCが体内で合成できなくても草や木の実から得ることができる。しかし、ヒトはビタミンCを野菜から得る必要がある。ヒトの中でもイヌイットは、がんが極めて少ないことが知られているが、それはイヌイットが動物や魚を生で食べるため、と考えられる。すなわち、がんに関して言えば、イヌイットは肉食動物の食事と同じなのである。

 ヒトの祖先は、サルと共通の祖先から別れて樹上から地上に降りて、肉食を覚えたと考えられている。当初は肉食動物と同じく、肉を生で食べていたと考えられるが、その後、火を使って肉を焼くことを覚えたことであろう。肉は焼くことにより美味しくなることを知ったのである。ところが、肉を加熱すると、その過程で肉に含まれているグルタチオンなどの抗酸化成分は酸化され効力を失う。それでも、肉ばかりを毎日食べていたわけではなく、食事の多くは草や実など、植物性の食材であったと考えられる。そのため、食事を通して得る抗酸化成分は多く確保され、そのような生活の中では、がんの発生も低かったと考えられる。

 一方で現在の日本人の食生活である。朝はパンと牛乳、昼はおにぎりかコンビニの弁当、夜はスーパーで何かお腹の張る物、しかし野菜は食費の制限から少なくなりがち、手っ取り早く野菜ジュースで野菜を補ったつもり。このような食生活を繰り返していると、体内で慢性炎症が起きていても、抗酸化成分が不足して、その炎症の周辺では遺伝子が次々と変異し、それが蓄積していく。しばらくたつと、遺伝子の変異は細胞のゲノムあたり1万個近くになり、その変異は発がん遺伝子に及ぶ。約250個ある発がん遺伝子のいずれかが変異すると、数年のうちにがんに成長する。現在の日本では二人に一人ががんになると言われているが、この比率は世界でも日本が飛び抜けて高い。

 がんの原因について、細胞分裂のコピーミス、という説がある。ヒトは生まれた後、体内の細胞は分裂を繰り返すが、そのときDNAのコピーミスが一定の確率で起き、それががんの原因になる、という説明である。この説は、高齢になるとがんになりやすいことを説明するのに都合がよいので、一般に流布されている。しかし、この説は間違いである。間違いの第一の理由は、DNAのコピーミスはDNAの修復系が機能しており、完全に修復される。もし、細胞分裂の際にDNAのコピーミスが修復されなかったならば、人類の誕生以来数100万年の間に、ヒトのゲノムにはコピーミスが蓄積されて、ヒトは高度な生物体として機能せず次第に劣化していったはずである。がんはDNAのコピーミスが原因ではなく、DNA修復系では修復されないほど大量の変異原(活性酸素、とくにヒドロキシラジカル)にさらされ、ゲノムあたり1万個の変異が蓄積したた場合に、発生すると考えるのが妥当である。間違いの第二の理由は、クジラやゾウなどの大型動物でがんの発生が少ないことを説明できないことである。これらの大型野生動物は、成長の過程でヒトより多くの細胞分裂が必要であり、その際にDNAのコピーミスが原因でがんになるのであれば、これらの動物ではヒトより高頻度にがんになるはずであるが、実際にはヒトよりもはるかにがんの発生が低いことが知られている。

 DNAのコピーミス説の誤りの第三の理由は、世界でも日本人のがん発生率の高さを説明できないことである。DNAのコピーミスががんの原因であるならば、世界中の人々が同じ頻度でがんになるはずである。現実には、イヌイットではがんが極めて希であり、日本人のがんになる確率は極めて高い。また、がんの発生部位についても、世界各地の食習慣によって民族間で大きく異なる。DNAのコピーミス説の派生説に、日本は世界でも高齢化が進んでいるのでがんが多くなる、という説がある。しかし、現在世界の平均寿命の第一位は男女とも香港であるが、香港のがん死亡率は日本の半分である。平均寿命が長くなるからがんが出てきやすいのだ、という説明は、本当の原因を覆い隠すまやかしの説明である。DNAのコピーミス説が問題であるのは、がんの原因を科学的に探求することを諦めさせ、「がんになることは仕方のないことだ」という考えに導くことである。がんになるのは仕方がないので、がんについては治療面だけを考えて、予防できるとは考えないでください、という間違った方向に人々を導く効果を狙った説明である。

 以上をまとめると、野生動物にがんが少ないのは、草食動物は植物を食べることにより抗酸化成分を十分確保でき、肉食動物はその草食動物を生のまま食べるので、草食動物が得た抗酸化成分をそのまま得ることができるため、と考えられる。人類は、野生動物の食生活を変えて、肉を加熱調理する方法を獲得することにより、肉からは抗酸化成分を得ることができなくなった。それでも、肉が少なく植物性の食材を多く食べているうちは、がんを抑える抗酸化成分を十分量得ることができたが、食品の工業化が進行し、植物性の食材も加熱処理したものが主要になり、生の野菜を食べる機会が減少するにつれて、がんの発生を抑えるに必要な十分な抗酸化成分を確保できなくなり、特に野菜の消費が減少し食品の工業化が進行している日本などで、がんの発生が多くなっている、と考えられる。

 草食動物が草を食べるのは、動物が生存に必要な栄養素(糖や必須アミノ酸など)の生合成能力を進化の過程で失い、それを植物に依存する道を選んだからである。この関係は従来は栄養素のみで説明されてきたが、現在では動物の身体は、多種の抗酸化成分が豊富に含まれる植物(野菜)を常に食べることにより老化を防ぎ健康を維持できる仕組みになっていることが分かっている。ヒトは、さらに体内で主要な抗酸化成分の一つであるビタミンCの生合成能力を失っているので、植物(野菜)により強く依存する身体のしくみになっているのである。

 がんを野生動物のように少なくするには、野菜をもっと多く食べる必要がある。特に日本人は、野菜ジュースや青汁など抗酸化成分の多くが失活している工業製品ではなく、緑の野菜を多く摂る必要がある。緑色の野菜には、ビタミンC、 E、カロチノイド(ビタミンA)、ポリフェノール、含硫化合物など、多種多様な抗酸化成分が多く含まれている。